目次
ポイント
「機能性消化管障害(FGIDs)が患者予後に及ぼす影響」において、海外の報告ではありますが、慢性便秘症は生存率の低下に関連しているという報告が2010年にありました1)。IBS(irritable bowel syndrome)、慢性下痢症、ディスペプシアおよび腹痛と調査10年後の推定生存率には明らかな関係性はみられませんでしたが、一方で慢性便秘症は、年齢や性別で調整した場合、調査10年後において、生存率の低下の危険性が高いことがわかりました。(ハザード比1.23, 95%信頼区間:1.07~1.42, p=0.005)(図1)これは看過できないことだと思います。
しかしながら、慢性便秘症を治療したら生存率は上がるのか、これは全く別の話になります。何が慢性便秘症の原因になっているのかは、まだ不明な点が多いためです。1つ明らかなのは、慢性便秘症はさまざまな疾患に合併して発症することが多いということです。腎不全、糖尿病、心疾患、うつ病などにおいて、様々な影響から便秘が合併することはよく知られています1)。そして、この便秘によってQOLは大きく損なわれます。そうした意味において便秘は第一義的に治療を行わなければならないと言えます。
【目的】機能性消化管障害(FGIDs)が生存に影響するのかを調査した。
【方法】1988~1993年に米国ミネソタ州オルムステッド郡に住む20歳以上の5,262例に、IBS(irritable bowel syndrome)、慢性便秘症、慢性下痢症、ディスペプシアおよび、腹痛の診断のため、消化器症状をアンケート(the original Bowel Disease Questionnaire:BDQ)調査した。アンケートに回答があった4,176名中、消化器症状に影響する疾患のもの、がんの転移、深刻な脳卒中などのため、質問票へ完全に回答することに問題がある不適格者を除いた3,933例を対象とし、2008年までの15年間を観察した。対象者の年齢は、54±18歳(mean±s.d.)であり、女性が52%であった。
【解析手法】調査10年後の生存率はKaplan-Meier法により推定した。生存率とFGIDsとの関連性は比例ハザード回帰モデルを用いて評価し、ハザード比を95%信頼区間で算出し、調査時の年齢、性別について調整したハザード比も推定した。
【期間】2008年までの生存状況を行政の死亡記録によって確認し、機能性消化管障害と生存率の関連を観察した。
【便秘】過去1年で、以下の症状の内、2つ以上をもつ622例の機能性便秘の方。ただし、IBSの方は除外した。
(ⅰ)排便回数が週に3回未満 (ⅱ)排便時の25%以上にいきみがある
(ⅲ)排便の25%以上に硬便あるいは兎糞状便がある (ⅳ)排便の25%以上に残便感がある
【結果】調査10年後における推定生存率は、慢性便秘症ありの被験者では73%(95%信頼区間:69~76)、慢性便秘症なしの被験者では85%(95%信頼区間:84~86)と推定された。また、年齢と性別で調整したハザード比は1.23(95%信頼区間:1.07~1.42、p=0.005 (Kaplan-Meier法) )。
慢性便秘症が他の疾患を介して本当に生命予後を悪化させるのか、こうしたメカニズムを解明していくのはこれからです。しかし、便秘と患者予後との影響は発表されており、慢性便秘症は「疾患」として定義されています2)。なにより、便秘による不快症状を訴えている患者さんを目の前にし、私たち医師は「たかが便秘」と考えることからは脱却しなければならないと思います。
かつては医師も便秘について関心を持つことは少なかったかもしれません。2010年頃からいろいろな便秘治療薬が承認され、新しい機序の便秘薬も登場し、医師側も便秘治療に注目するようになりました。調べてみるとかなり以前から研究されており、実際に関わってみると奥が深く、慢性便秘症の治療が患者さんに役立つこともわかってきました。
【目的】 排便習慣の調査および日本内科学会(JSIM)およびRome Ⅲの基準を用いた便秘の有病率のオンライン調査
【調査機関】 株式会社マクロミル
【調査対象】 20〜79歳の日本人集団
【調査方法】 2014年8月に15,000例を対象にインターネット調査を行い、回答が得られた5,155例(男性2,542例、女性2,613例)を登録した。年齢層・性別の各グループは日本の人口統計を反映させた。質問はJSIMとRome Ⅲの診断基準に従って独自の質問票を作成し行った。
食事、運動の指導をして改善しない場合は薬物療法に入ります。便通異常症診療ガイドライン2023では、便秘の定義として「本来排出すべき糞便が大腸内に滞ることによる兎糞状便・硬便・排便回数の減少や、糞便を快適に排泄できないことによる過度な怒責、残便感、直腸肛門の閉塞感、排便困難感を認める状態」としており2)、毎日出ていても、本来排出すべき便がおなかの中に滞っている場合もあります。排便の回数だけでなく、残便感や便の形、固さなど排便時にどのような状況にあるのかを知ることが大切だと思います。
医師と患者間の意識の差を解消するためには、正しい情報の啓発が必要です。OTC医薬品の多くは刺激性下剤ですので、すぐに効果が発揮され患者満足度も高いことが知られていますが、刺激性下剤は習慣性などによって服用量を増やしてしまう患者さんもいることが危惧されます。しかし、これを続けると排便のアルゴリズムが乱れて生理的な排便が失われてしまいます。こうした場合、まずは、刺激性下剤の服用を止め、異なった機序による下剤に変更することで生理的な排便に近づけることも期待できる可能性があります。しかし、使いなれた刺激性下剤から、薬剤を変更すると患者さん自身が今感じている満足度を得られにくいことからこれらの薬剤変更、治療は患者さんの意識、理解が必要となります。そのため、正しい情報を患者さんに伝えて啓発し続けていくことが、医師として重要なことだと思っています。
便秘の薬剤治療の最初に使用されることの多い浸透圧性下剤は、便中の水分を増やす薬剤で、基本治療となると考えます。
近年、腸内で吸収されることなく、浸透圧により腸管内への水分貯留を促進するポリエチレングリコール(PEG)も発売され選択肢も増えました。より生理的な排便を促すよう治療薬選択をしていくことが大切だと思います。
生活指導は大切です。軽症や中等症の便秘は生活指導によってかなり改善します。便秘によって苦しむ患者さんは好んで薬剤を服用することはありません。水分摂取、食事による工夫、運動、それで改善しなければ少量の浸透圧性下剤(酸化マグネシウムなど)を処方するとし、段階を踏んで治療していきます。この過程において、こうした段階を踏むこと、踏んでいることを患者さんとその都度共有することが治療継続のコツだと思います。患者さんは必ずいろいろ質問してきます。日本人は特にスッキリと質のいい便が出ることのこだわりが強いですから。
逆に心配なのは「こんなに良い便が出ているから自分は病気ではない」と思っている人です。特に便秘とがんは別のものとして考えなければなりません。良い便が出てもがんの定期健診は受けてほしいと思います。
ここ数年、慢性便秘症を診療するようになって、この領域に大きな可能性を感じています。慢性便秘症の生命予後についての研究はこれからですが、こうしたことが解明されることによって生活習慣病としての慢性便秘症が認識されていくことに期待しています。
各薬剤の使用にあたっては、電子添文をご確認ください。
川西市総合医療センター 総長 三輪 洋人 先生
【対談】精神科における便秘症診療を考える
横浜市立大学大学院医学研究科 肝胆膵消化器病学教室 主任教授 中島 淳 先生/医療法人 静心会 桶狭間病院 藤田こころケアセンター 病院長 藤田 潔 先生
精神疾患と便秘の関係性
不適切な排便コントロールの影響
【監修】看護師/医療経営コンサルタント 田中 智恵子 先生
統合失調症患者の下剤使用開始に関連する因子の検討:レトロスペクティブコホート研究
【監修】獨協医科大学 精神神経医学講座 講師 川俣 安史 先生
精神科外来患者における便秘症の有病率とリスク因子の検討
【監修】医療法人社団 心緑会 小石川メンタルクリニック 院長 山田 浩樹先生
信頼関係を築いて便秘の「思い込み」を解く
トイレweek2024(EAファーマ協賛)特設ページにて便秘の専門医、津田桃子先生のインタビュー記事を公開
心血管イベントにおける排便管理の重要性
【監修】自治医科大学内科学講座 循環器内科学部門 教授 苅尾 七臣 先生
排便頻度と心血管疾患による死亡率との関連
【監修】熊本大学大学院 生命科学研究部 循環器内科学 教授 辻田 賢一 先生
便秘は急性心不全患者の心不全再入院リスクを高める可能性があります
【監修】仙台市医療センター 仙台オープン病院 循環器内科 主任部長 浪打 成人 先生
慢性便秘症診療に直腸エコー観察は有用か?
【2】直腸エコー観察に基づいた治療アルゴリズム
【監修】横浜市立大学大学院医学研究科 肝胆膵消化器病学教室 主任教授 中島 淳 先生
慢性便秘症診療に直腸エコー観察は有用か?
【1】病態機能評価における有用性
【監修】横浜市立大学大学院医学研究科 肝胆膵消化器病学教室 主任教授 中島 淳 先生
「便通異常症診療ガイドライン2023-慢性便秘症」のポイント グーフィスⓇとモビコールⓇの紹介を含めて
【監修】九州大学大学院医学研究院 病態制御内科学(第三内科)准教授
伊原 栄吉 先生
「便通異常症診療ガイドライン2023-慢性便秘症」におけるグーフィスⓇの位置付け
【監修】横浜市立大学大学院医学研究科 肝胆膵消化器病学教室 主任教授
中島 淳 先生
整形外科における便秘について
ロコモティブシンドロームは大きな活動性低下を招き、便秘を誘発する可能性がある。また、関節症の疼痛治療においては副作用としての便秘を予防する必要がある。
緩和ケアにおける便秘治療のポイントとは
緩和ケアで起こる便秘の原因は様々であり、体力の温存の観点からも排便コントロールが難しく、QOLに大きな影響を与える。身体状態、食事摂取量や便秘の症状に合わせた便秘治療が求められる。
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