抑うつ/不安を抱える労働者の便秘症について

Karasawa Y, et al.: BMJ Open 2024; 14: e083668
【監修】東北大学先端ビーム科学研究センター研究教授/石巻赤十字病院心療内科 一般社団法人日本神経消化器病学会理事長 福土 審 先生
慢性便秘症は、RomeⅣ診断基準に基づく機能性便秘などの一次性便秘症と、薬剤性や基礎疾患を原因とする二次性便秘症との2つに大別されます(海外データ)1)。一次性便秘症、特に機能性便秘症については疫学的な研究が進んでいますが、二次性便秘症については疫学データなども限定的であり罹患率などの実態も明確となっていません。
二次性便秘症のリスク因子にはうつ病や心気症などの精神疾患が含まれることが知られており2)、これらの患者では、基礎疾患自体によって、そしてその治療に用いられる薬剤によっても便秘症状が誘発されることから(海外データ)3-5)、便秘症の罹患率は高いと考えられます。
また、抑うつや不安、便秘症ともに、労働生産性やQOLに悪影響を与えることが報告されており(海外データ含む)6-10)、便秘症を合併している抑うつや不安を抱える人は、労働生産性やQOLの低下に対して、より重い負担感を経験していると考えられます。
そこで我々は、既存のデータベースを用いて、抑うつ/不安を抱えるわが国の労働者における便秘症の罹患率、そして抑うつ/不安と便秘症の合併が労働生産性やQOLへ及ぼす影響について調査しました。
1) Sharma A, et al.: Handb Exp Pharmacol 2017; 239: 59-74
2)日本消化器病学会関連研究会, 慢性便秘の診断・治療研究会編, 慢性便秘症診療ガイドライン2017, P.28 南江堂, 2017
3) Cheng C, et al.:Aliment Pharmacol Ther 2003; 18: 319-326
4) Jessurun JG, et al.: Psychiatry J 2016; 2016: 2459693
5) Leroi AM, et al.: Neurogastroenterol Motil 2000; 12: 149-15 9
6) Ruszkowski J, et al.:Int J Med Sci 2020; 17; 2954-2963
7) Tomita T, et al.: J Gastroenterol Hepatol 2021; 36: 1529-15 37
8) Wilmer MT, et al.: Rev Recent Res Curr Psychiatry Rep 2021; 23: 77
9) Defar S, et al.:Front Public Health 2023; 11: 1134032
10) Beck A, et al.: Ann Fam Med 2011; 9: 305-311

調査概要

目的 抑うつ/不安を抱える労働者における便秘症の罹患率、治療状況、労働生産性やQOLに対する影響について調べること。
対象・方法 DeSCヘルスケア株式会社が管理する健康保険被保険者の行政請求データ(2014年4月~2022年11月分)およびオンライン調査データ(2022年11月実施)からなるデータベースより労働者18,585名のデータを抽出し、後ろ向きに解析した。全体を 1)治療を受けた抑うつ/不安群(n=950)、 2)未治療の抑うつ/不安群(n=6,035)、 3)非抑うつ/不安群(n=11,600)の3群(以下、抑うつ/不安の3群)に分け、便秘症の罹患率について解析した。さらに、各群内を便秘の状態に応じて3つのサブグループに分け、労働生産性とQOLを比較した。
評価項目 主要評価項目:抑うつ/不安の3群における便秘症の罹患率
副次評価項目:WPAIスコアに基づく労働生産性/EQ-5D-5Lスコアに基づくQOL
解析計画
  • 抑うつ/不安の3群における便秘症の罹患率については、以下の1~3の便秘症の定義のいずれかに該当する者の割合を、重複を除いて要約した。
    1. 1:便秘症と診断され処方薬による治療を受けた者
    2. 2:OTC薬を服用して便秘症を治療した者
    3. 3:「慢性便秘症診療ガイドライン2017」の診断基準に合致する便秘症だが未治療の者
  • WAPIスコアに基づく労働生産性、EQ-5D-5Lスコアに基づくQOLは、抑うつ/不安の3群をそれぞれ以下のⅠ~Ⅲのサブグループに層別化し、群内でWilcoxon順位和検定を用いて比較した(事前に計画したサブグループ解析)。
    1. Ⅰ:処方薬あるいはOTC薬によって治療した便秘症
    2. Ⅱ:未治療の便秘症
    3. Ⅲ:便秘症なし
Limitation
  • 研究のもとにしたデータセットは、大企業の従業員とその被扶養者などによって構成されていることから、当研究の結果の一般化は制限される可能性がある。
  • 当研究では、抑うつ/不安の症状や治療と便秘との間の因果関係については検討されていない。
  • 二次データを利用したため、誤分類があった可能性がある。
  • “未治療の抑うつ/不安”は医師の診断ではなく、調査対象者のPHQ-9、GAD-7による自己申告に基づいて定義された。
【各ステージにおける便秘症の憂慮】
①向精神薬の副作用、ストレス、運動不足等により腸管運動が低下し、便秘症が多発する4~6)
②便秘症状を訴えられないことによる治療開始の遅延、刺激性下剤の連用・摘便、浣腸処置による患者や看護スタッフの負担が増加する(海外データを含む)8~11)
③上記治療による便秘症の難治化、便秘症自体が精神疾患を更に悪化させる可能性がある(海外データを含む)12),13)
精神疾患患者を取り巻く様々な要因で、便秘症状悪化のサイクルに陥り、イレウスの発生に繋がる恐れがある

結果

主要評価項目:抑うつ/不安の3群における便秘症の罹患率

解析対象者18,585例中、2773例(14.9%)が当研究の便秘症ありとする定義を満たした。抑うつ/不安の3群ごとの便秘症ありの割合は、治療を受けた抑うつ/不安群22.5%、未治療の抑うつ/不安群22.3%、非 抑うつ/不安群10.4%であった。また、便秘症ありだが未治療の者の割合は、全体11.3%、治療を受けた抑うつ/不安群13.4%、未治療の抑うつ/不安群18.2%、非 抑うつ/不安群7.5%であった。
Karasawa Y, et al.: BMJ Open 2024; 14: e083668

副次評価項目:WPAIスコアに基づく労働生産性/EQ-5D-5Lスコアに基づくQOL

WPAIスコア、EQ-5D-5Lスコアの結果は下図の通りであった。
治療を受けた抑うつ/不安群の、WPAIスコアのすべての項目、EQ-5D-5Lスコアについて、未治療の便秘症サブグループと便秘症なしサブグループとの間に有意差が認められ(いずれもp<0.05、Wilcoxon順位和検定)、未治療の便秘症サブグループでは労働生産性とQOLの障害が大きいことが示唆された。
また、治療を受けた抑うつ/不安群における未治療の便秘症サブグループの間接コスト※(Mean±SD)は1,385,312.6±1,277,124.8円であり、便秘症なしサブグループの995,193.1±126,9924.2円に対して有意差が認められた(p<0.05、Wilcoxon順位和検定)。
※総欠勤時間と生産性が低下した時間を平均時給(男性:1631円、女性:1290円 2021年1月現在)で乗算して算出
  • ■欠勤に伴う生産性低下

  • ■出勤中の生産性低下

  • ■全般的な仕事の生産性の低下

  • ■仕事以外の活動における生産性の低下

  • ■間接コスト

  • ■EQ-5D-5Lサマリースコア

Karasawa Y, et al.: BMJ Open 2024; 14: e083668

高齢者は若年者に比して、結腸通過時間の有意な延長が認められました(p=0.0008、重回帰分析)。

グラフ/縦軸が平均結腸通過時間、横軸が高齢者、若年者

高齢者と若年者での結腸通過時間

Madsen JL, et al.: Age and Ageing 2004; 33(2): 154-159より作成
表/高齢者および若年者における消化管運動の評価結果と年齢、性差、BMIおよび喫煙が消化管運動に与える影響
対象 デンマークの健康高齢者16例( 男性8例、女性8例、平均年齢81歳[74-85歳]、平均body mass index 25.0kg/m2[21.6-29.7kg/m2])と健康若年者16例( 男性8例、女性8例、平均年齢24歳[20-30歳]、平均body mass index 22.4kg/m2[18.9-26.5kg/m2 ])
方法 朝に、ラベルマーカーを含む1600-kJのリキッドおよび固形食(80gのパン、120gのオムレツ、200gの水)を10分で摂取後、ラベルマーカーが小腸から検出されなくなるまで、30分間隔でガンマカメラにて確認した。翌日からは、24時間毎にラベルマーカーが結腸から排出するまでガンマカメラで確認し、結腸通過時間を測定した。なお、水に111In-DTPAを加え、99mTcはオムレツに加え、ラベルマーカーとした。
Limitation 当試験のlimitationとして、身体活動レベル、食習慣、心理的要因のばらつきが、結果に影響を与えた可能性があること、若年女性の胃排出評価が月経周期を考慮した時期に行われなかったことなどが挙げられる。
Madsen JL, et al.: Age and Ageing 2004; 33(2): 154-159

監修者コメント

当研究の結果から、抑うつ/不安にある労働者の便秘症の合併率は、抑うつ/不安にない労働者に比べ高いことが判明しました。また、合併している便秘症に対して治療を受けないことが、労働生産性やQOLの低下に影響を及ぼすことも示唆されました。
さらに、抑うつ/不安について治療を受けている人の約75%(OTC服用32例+未治療127例/214例)が医師による便秘症の治療を受けておらず、精神科領域の診察で便秘症が重視されると限らない可能性があります。
わが国では、精神疾患患者の増加、また、少子高齢化による労働力の低下などが問題となっており、労働者の労働生産性やQOLをいかに維持していくかが社会的な課題となっています。
精神疾患と便秘症の併存は、個人、そして社会全体の負担を増加させます。精神科の診療において、精神疾患の診療だけでなく便秘症の患者を拾い上げ、早期に適切な介入を行うことは、今後ますます重要になってくるのではないかと考えます。

2026年6月作成

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